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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)232号 判決 1999年3月25日

原告 熊沢勲 ほか三名

被告 町田税務署長

代理人 大圖明 須藤哲右 ほか二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が、原告熊沢勲の平成五年一一月二四日相続開始に係る相続税につき平成七年七月三一日付けでした更正(平成一〇年五月二九日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格三億三五〇三万円、納付すべき税額一億一〇八六万二七〇〇円を超える部分及び平成七年七月三一日付けでした右更正に係る過少申告加算税賦課決定(平成一〇年五月二九日付けの変更決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

二  被告が、原告亀井幸枝の平成五年一一月二四日相続開始に係る相続税につき平成七年七月三一日付けでした更正(平成一〇年五月二九日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格一億一〇六六万円、納付すべき税額三六六六万〇七〇〇円を超える部分及び平成七年七月三一日付けでした右更正に係る過少申告加算税賦課決定(平成一〇年五月二九日付けの変更決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

三  被告が、原告熊沢稔の平成五年一一月二四日相続開始に係る相続税につき平成七年七月三一日付けでした更正(平成一〇年五月二九日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格一億六二二七万九〇〇〇円、納付すべき税額五三七六万一七〇〇円を超える部分及び平成七年七月三一日付けでした右更正に係る過少申告加算税賦課決定(平成一〇年五月二九日付けの変更決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

四  被告が、原告熊沢翌の平成五年一一月二四日相続開始に係る相続税につき平成七年七月三一日付けでした更正(平成八年八月三〇日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格三億五九三八万三〇〇〇円、納付すべき税額一億一七五七万〇七〇〇円を超える部分及び平成七年七月三一日付けでした右更正に係る過少申告加算税賦課決定(平成八年八月三〇日付けの変更決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、平成五年一一月二四日死亡した熊沢十太郎(以下「亡十太郎」といい、同人の死亡に係る相続を「本件相続」という。)の共同相続人である原告ら(各原告はその名に「原告」を冠して表す。以下同じ。)が相続税の申告をしたところ、右申告に係る課税価格の計算において、フォーエスキャピタル株式会社(平成九年一一月明星キャピタル株式会社に商号変更。以下「本件会社」という。)の株式(以下「本件株式」という。)の価額が過少に評価されていることを理由として、被告が原告らに対して、いずれも平成七年七月三一日付けで更正及びこれに対する過少申告加算税賦課決定(以下「本件各処分」という。)を行ったのに対し、原告らが申告額を超える部分に係る本件各処分の取消しを求める事案である。

二  法令の規定等

1  相続税法(一五条、一六条及び一九条については平成六年法律第二三号による改正前のものをいう。以下「法」という。)二二条では、相続により取得した財産の価額は、原則として、当該財産の取得の時における時価によるものとされている。

2  そして、右の評価に関して、財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七。ただし、本件に適用されるのは国税庁長官通達(平成六年二月一五日付け課評二―二ほか)による改正前のもの。以下「評価通達」という。<証拠略>)及び毎年各国税局長が定める財産評価基準(以下「評価基準」という。)が定められている。

評価通達において、時価とは、相続により財産を取得した日等の課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、評価通達の定めによって評価した価額による(評価通達一(二))とされているが、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する(評価通達六)とされている。

評価通達においては、株式の価額は、銘柄の異なるごとに一株単位で評価することとされ(評価通達一六八)、取引相場のない株式(上場株式及び気配相場等のある株式以外の株式をいう。以下同じ。)の価額は、原則として、評価しようとする株式の発行会社(以下「評価会社」という。)を事業規模に応じて大会社、中会社、小会社に区分し(評価通達一七八)、それぞれの区分に応じて、評価するものとされている(評価通達一七九)が、課税時期における評価会社の株主のうち、株主の一人及びその法人税法施行令四条に規定される同族関係者の有する株式の合計数がその会社の発行済株式数の三〇パーセント(その評価会社の株主のうち、株主の一人及びその同族関係者の有する株式の合計数が最も多いグループの有する株式の合計数が、その会社の発行済株式数の五〇パーセント以上である会社にあっては、五〇パーセント)以上である株主以外の株主等(以下「同族株主以外の株主」という。)が取得した株式については、配当還元方式(株価構成要素のうち配当金だけに着目して、配当金を収益還元することによりその元本である株式の価額を算出する方法)により評価するとされている(評価通達一八八、一八八―二)。

三  争いのない事実等

1  当事者等<証拠略>

原告らは、亡十太郎の共同相続人である。

本件会社(本店所在地・東京都新宿区西新宿六丁目二二番一号)は、株式、債券等有価証券に対する投資業務、企業経営に関するコンサルティング業務を目的とする法人である。本件相続の開始日(平成五年一一月二四日)における本件会社の発行済株式数は二七三万四五九二株であり、うち一四〇万五三二六株(発行済株式総数の五一・三九パーセント)は、税理士杉山賢一(以下「杉山」という。)が代表取締役を務め、本店所在地を本件会社のそれと同じくする株式会社セムヤーゼ(以下「セムヤーゼ」という。)が保有していた。なお、セムヤーゼは、有価証券の保有、運用、投資等を目的とする法人であり、その筆頭株主は杉山であり、平成七年一二月には、杉山は、セムヤーゼの代表取締役に就任している。

また、杉山は以前に日本事業承継コンサルタント協会の副理事長を務めたことがあるところ、本件会社は同協会の事業を援助する賛助会員となっている。

2  亡十太郎の本件株式取得に至る経緯<証拠略>

(一) 本件会社は、杉山が代表取締役を務める日本スリーエス株式会社(以下「日本スリーエス」という。)を中心とするグループに属し、ベンチャービジネスに投資することを目的として資産家に対して投資を呼びかけていた。

そして、日本事業承継コンサルタント協会の会員である税理士等からの紹介で本件会社への出資の申込みがあった場合には、日本スリーエスが窓口となり、まず、出資希望者に対し、本件株式が将来公開された場合には、出資者はキャピタルゲインが得られること及び出資者は常に少数株主となることから出資者の所有する本件株式は相続税及び贈与税の課税価格計算上、配当還元方式で評価することができ節税になることを説明し、出資希望者の資産状況から自己資金あるいは借入金により、いくら出資できるかを検討して出資金額を決定し、次に出資金額を出資時の前月末現在の本件株式の時価純資産価額で除して出資可能株数を算出し、本件会社がその株数に相当する増資を行い出資希望者に割り当てていた。なお、増資を行うことによりセムヤーゼの本件株式の保有割合が本件会社の発行済株式総数の五〇パーセント未満になる場合には、本件会社が劣後株式を発行し、そのすべてをセムヤーゼが引き受けることにより、セムヤーゼの本件株式の保有割合が五〇パーセント以上になる状態を維持していた。

日本スリーエスは、出資希望者に対し、出資者が、本件株式の売却を希望するときに購入希望者がいない場合には日本スリーエスグループの関連会社で買い取るか本件会社が減資する等の方法により必ず希望に応じ、その際の売買価額は、原則として取引日の前月末現在における本件株式の純資産価額であることを出資申込みの際に説明していた。

(二) 平成五年五月一二日ころ、亡十太郎及び原告勲は、知人を通じて杉山を紹介され、本件株式の新株引受を勧められ、さらに杉山からシティバンク・エヌ・エイ大手町支店(以下「シティバンク」という。)を紹介された。シティバンク側の融資条件は、<1>融資金額は証書貸付で二七億円(本件会社への出資金用)、当座貸越で四億円(二年分の貸付金に対する利息、諸費用の支払資金用)、<2>融資期間は二年間、<3>担保としてシティバンクにおける本件会社名義の定期預金二四億三〇〇〇万円(証書貸付の九割相当額)に質権設定、亡十太郎の所有する不動産に根抵当権(極度額八億三七五〇万円)を設定、<4>返済方法は、証書貸付分につき本件会社の株式売却資金により、当座貸越分につき融資実行時に差し入れる念書<証拠略>のとおり土地収用補償金によりそれぞれ返済するというものであった。

(三) 平成五年六月二五日、本件会社の取締役会決議により同社の新株一五万七八〇〇株の発行を行うこと、新株の発行方法は公募とすること(ただし、新株の申込期間は同月二九日の一日のみとされた。)、新株の払込みを取り扱う銀行はシティバンクとすることとして新株を発行することを決定した(以下「本件新株発行」という。)。

(四) 同日、亡十太郎は、同人が所有する東京都町田市原町田五丁目二三六番所在の畑(現況宅地)について、債務者を亡十太郎、極度額八億三七五〇万円とする根抵当権を設定した旨のシティバンク根抵当権設定関係契約証書を作成し、その旨の登記を経由した。

(五) 同月二八日、本件会社は、本件新株発行に関する事務の取扱いをシティバンクに委託する旨の株式申込事務取扱委託書を作成し、シティバンクに提出した。

(六) 翌二九日、亡十太郎は、<1>シティバンクあて銀行取引約定書、<2>債務者を亡十太郎、連帯保証人を原告勲、原告幸枝及び原告稔とし、借入金額を二七億円(以下「本件借入金」という。)、返済期限を平成七年六月二九日、弁済方法を期日一括、利率を年五・二二パーセントとするシティバンクあて金銭消費貸借契約証書、<3>債務者を亡十太郎、連帯保証人を原告勲、原告幸枝及び原告稔とし、本件借入金に係る二年分の利息及び諸費用を極度額四億円の当座貸越からの借入によって支払うことを確認するシティバンクあて念書及び<4>債務者を亡十太郎、連帯保証人を原告勲、原告幸枝及び原告稔とし、本件借入金に係る利率は借入日から一年の固定金利(年五・二二パーセント)とする内容のシティバンクあて合意書を作成し、シティバンクに提出した(なお、右念書及び合意書には立会人として日本スリーエス代表取締役の杉山が署名している。)。

(七) 同日、亡十太郎は、本件株式一五万七八〇〇株の払込金額である総額二七億〇〇七四万七〇〇〇円(一株当たり一万七一一五円)を新株引受の申込証拠金としてシティバンクに設定された本件会社名義の預金口座に全額入金し、本件株式一五万七八〇〇株を引き受けた。なお、本件株式の一株当たりの発行価額は、平成五年五月末現在の本件会社の資産、負債に基づき純資産価額方式により計算された普通株式一株当たりの金額と同額であった。また、同日、亡十太郎は、本件株式の取得金額二七億〇〇七四万七〇〇〇円の約三パーセントに相当する八三四三万円を、本件株式取得に係る紹介料として、シティバンクに設定された日本スリーエス名義の預金口座に入金した。

(八) 翌三〇日、本件会社の取締役会は、シティバンクにおける本件会社名義の定期預金二四億三〇〇〇万円について担保提供をすることを決議し、亡十太郎及び本件会社は、債務者を亡十太郎、担保権設定者兼保証人を本件会社とし、本件会社名義の大口定期預金二四億三〇〇〇万円に質権を設定した旨記載した定期預金担保差入証書を作成し、シティバンクに提出した。

3  本件訴訟に至る経緯等<証拠略>

(一) 亡十太郎は、平成五年一一月二四日、死亡した。

(二) 翌二五日、本件株式につき、訴外第三者らを引受人として一株当たりの引受価格を本件会社の平成五年一〇月末現在における資産、負債に基づき純資産価額方式に基づいて計算した金額と同額である一万七二二三円とする新株発行(以下「別件発行」という。)が行われた。

(三) 原告らは、平成七年九月二九日、本件相続により取得した本件株式のうち、六万一一〇〇株を、一株当たり一万七二八二円、総額一〇億五五九三万〇二〇〇円で本件会社に売却し、その売却代金を本件借入金の返済に充当した。また、同年一二月二九日、同じく八万一〇〇〇株を一株当たり一万七二八二円、総額一三億九九八四万二〇〇〇円で本件会社に売却し、その売却代金のうち一三億七四〇六万九八〇〇円を本件借入金の返済に充当する等して本件借入金を完済した。

(四) 本件相続に係る原告らの相続税の申告及び被告の課税の経緯は、別表1<略>記載のとおりである。

被告は、本件各処分において、本件相続開始日の翌日である平成五年一一月二五日に行われた別件発行における本件株式の引受価格に準拠して、本件株式の価格を一株当たり一万七二二三円と算定した。

なお、本件株式につき評価通達を形式的に適用した場合には配当還元方式により評価することになり、その場合の本件株式の価額は、原告ら主張と同額(一株当たり二〇八円)となる。

4  被告が行った本件各処分の根拠

被告が主張する本件相続に係る本件各処分の根拠は別表2<略>ないし6<略>記載のとおりであり、その内訳は次のとおりである。なお本件各処分の根拠のうち、争いがあるのは、本件株式の評価額の点のみであり、その余の点については当事者間に争いがない。

(一) 原告らに対する各更正の根拠

(1) 課税価格の合計

原告らが相続により取得した財産の価額は別表2<略>の合計額の区分の順号1ないし6、その合計額は同7記載のとおりであり(本件株式を含む有価証券の価額の明細は別表3<略>記載のとおりである。)、債務等の額は別表2<略>の合計額の区分の順号8ないし11、その合計額は同12記載のとおりであって、原告らの差引純資産価額の合計額を三六億三五三三万八五三八円と算出し(同13)、これに原告らが亡十太郎から死亡の三年以内に贈与を受けた価額の合計額一三五〇万円(同14)を加算し、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項を適用し一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた原告らの各人ごとの課税価格を算出し、これらを合算した三六億四八八三万六〇〇〇円を本件相続に係る課税価格の合計額とした(同15)。

(2) 各原告の課税価格

原告勲の本件相続に係る相続税の課税価格は、別表2<略>の熊沢勲の区分の順号1ないし6記載の本件相続により取得した財産の価額の合計額四六億三六二〇万四一三二円(同7)から同8ないし11記載の各債務等の額の合計額三一億二二七三万二二〇八円(同12)を控除した額(同13)に前記三年以内贈与加算額二四〇万円(同14)を加え、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた一五億一五八七万一〇〇〇円である(同15)。

原告幸枝の本件相続に係る相続税の課税価格は、別表2<略>の亀井幸枝の区分の順号1ないし6記載の本件相続により取得した財産の価額の合計額六億二五八七万一一六四円(同7)から同8ないし11記載の各債務等の額の合計額二億七八二八万〇一一六円(同12)を控除した額(同13)に前記三年以内贈与加算額一二〇万円(同14)を加え、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた三億四八七九万一〇〇〇円である(同15)。

原告稔の本件相続に係る相続税の課税価格は、別表2<略>の熊沢稔の区分の順号1ないし6記載の本件相続により取得した財産の価額の合計額一〇億二二三二万六一九二円(同7)から同8ないし11記載の各債務等の額の合計額四億八五二一万五三九九円(同12)を控除した額(同13)に前記三年以内贈与加算額一二〇万円(同14)を加え、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた五億三八三一万円である(同15)。

原告翌の本件相続に係る相続税の課税価格は、別表2<略>の熊沢翌の区分の順号1ないし6記載の本件相続により取得した財産の価額の合計額三〇億二五六〇万九五三三円(同7)から同8ないし11記載の各債務等の額の合計額一七億八八四四万四七六〇円(同12)を控除した額(同13)に前記三年以内贈与加算額八七〇万円(同14)を加え、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた一二億四五八六万四〇〇〇円である(同15)。

(3) 納付すべき相続税額

右課税価格の合計額三六億四八八三万六〇〇〇円から法一五条に従い、遺産に係る基礎控除として四八〇〇万円と亡十太郎に係る法定相続人数である四を九五〇万円に乗じて算出した三八〇〇万円との合計額である八六〇〇万円(別表4<略>順号2)を控除して、課税遺産総額三五億六二八三万六〇〇〇円を求め(同3)、これに原告らの各法定相続分(各四分の一)を乗じて、法定相続分に応ずる取得金額を算定し(同5)、右金額につき、法一六条所定の率を適用してそれぞれ算出した額を合計して相続税の総額一九億八一六四万三四〇〇円を求め(同6)、法一七条に従い、右相続税の総額に原告らの課税価格の課税価格の合計額に占める割合(同7)を乗じて、原告らの相続税額を原告勲につき八億二三二五万三一五八円、原告幸枝につき一億八九四二万四六二三円、原告稔につき二億九二三五万〇三四四円、原告翌につき六億七六六一万五二七五円と算出した(同8)。

原告勲については、右相続税額八億二三二五万三一五八円から、贈与税額控除の規定(法一九条)を適用して一三万円を控除し(同9)、通則法一一九条一項を適用して、納付すべき税額を八億二三一二万三一〇〇円と算出した(同10)。

原告幸枝及び原告稔については、右各相続税額に通則法一一九条一項を適用して、納付すべき税額を、原告幸枝につき一億八九四二万四六〇〇円、原告稔につき二億九二三五万〇三〇〇円と算出した(同10)。

原告翌については、別表5<略>記載のとおり、租税特別措置法の一部を改正する法律(平成八年法律第一七号)附則一九条三項の規定に基づき算出した算出税額限度額六億〇九七一万四〇〇〇円と前記相続税額六億七六六一万五二七五円とを比較して少ない金額である算出税額限度額六億〇九七一万四〇〇〇円から、贈与税額控除の規定(法一九条)を適用して一四九万円を控除し(別表4<略>順号9)、納付すべき税額を六億〇八二二万四〇〇〇円と算出した(同10)。

(二) 原告らに対する各過少申告加算税賦課決定の根拠

(1) 原告勲に対する過少申告加算税賦課決定の根拠

原告勲は、本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を過少に申告しており、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないと認め、別表6<略>記載のとおり、原告勲に対する更正により新たに納付すべきこととなった税額七億〇七四三万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの。別表6<略>区分<1>、<7>)に通則法六五条一項の規定により一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した七〇七四万三〇〇〇円(同<9>)と、同条二項の規定により原告勲の期限内申告税額を超える部分に相当する金額五億〇八三八万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの。同<6>、<10>)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した二五四一万九〇〇〇円(同<12>)を合算した九六一六万二〇〇〇円(同<13>)を原告勲の本件相続に係る相続税の更正に係る過少申告加算税額とした。

(2) 原告幸枝に対する過少申告加算税賦課決定の根拠

原告幸枝は、本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を過少に申告しており、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないと認め、別表6<略>記載のとおり、原告幸枝に対する更正により新たに納付すべきこととなった税額一億五一七五万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの。別表6<略>区分<1>、<7>)に通則法六五条一項の規定により一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した一五一七万五〇〇〇円(同<9>)と、同条二項の規定により原告幸枝の期限内申告税額を超える部分に相当する金額一億〇九〇八万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの。同<6>、<10>)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した五四五万四〇〇〇円(同<12>)を合算した二〇六二万九〇〇〇円(同<13>)を原告幸枝の本件相続に係る相続税の更正に係る過少申告加算税額とした。

(3) 原告稔に対する過少申告加算税賦課決定の根拠

原告稔は、本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を過少に申告しており、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないと認め、別表6記載のとおり、原告稔に対する更正により新たに納付すべきこととなった税額二億三七〇二万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの。別表6区分<1>、<7>)に通則法六五条一項の規定により一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した二三七〇万二〇〇〇円(同<9>)と、同条二項の規定により原告稔の期限内申告税額を超える部分に相当する金額一億六九七三万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの。同<6>、<10>)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した八四八万六五〇〇円(同<2>)を合算した三二一八万八五〇〇円(同<13>)を原告稔の本件相続に係る相続税の更正に係る過少申告加算税額とした。

(4) 原告翌に対する過少申告加算税賦課決定の根拠

原告翌は、本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を過少に申告しており、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないと認め、別表6<略>記載のとおり、原告翌に対する更正により新たに納付すべきこととなった税額四億八六七一万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの。別表6<略>区分<1>、<7>)に通則法六五条一項の規定により一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した四八六七万一〇〇〇円(同<9>)と、同条二項の規定により原告翌の期限内申告税額を超える部分に相当する金額三億三五〇八万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの。同<6>、<10>)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した一六七五万四〇〇〇円(同<12>)を合算した六五四二万五〇〇〇円(同<13>)を原告翌の本件相続に係る相続税の更正に係る過少申告加算税額とした。

第三争点及び当事者の主張

一  争点

本件の争点は本件株式一株当たりの価額であり、これに関する争点は以下の二点である。

1  本件株式の価額を評価通達を適用しないで評価することの適否

2  本件株式を時価評価するに際して評価通達六によらなかったことの適否

二  当事者の主張

1  本件株式の価額を評価通達を適用しないで評価することの適否

(被告)

(一) 法二二条の「時価」の意義

法二二条にいう時価とは、相続開始時における当該財産の客観的な交換価値をいうものと解されているが、客観的な交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務においては、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から見て、評価通達及び評価基準に定められている評価方法により画一的に相続財産を評価することとしている。したがって、右評価方法によらないことが正当として是認され得るような特別な事情がある場合は別として、取引相場のない株式についても、原則として右の評価通達、評価基準に基づき評価することが相当である。

しかしながら、評価通達に定められた評価方法によるべきとする趣旨が右のようなものであることからすれば、評価通達に定められた評価方式を形式的に適用するとかえって実質的な租税負担の公平を著しく害するなど、右評価方式によらないことが正当と是認されるような特別の事情がある場合には、他の合理的な方式により評価することが許される(評価通達六参照)。

(二) 本件株式の評価方法

本件株式について、評価通達を適用して、配当還元方式による評価をすべきでない理由は以下のとおりである。

(1) 配当還元方式は、取引相場のない株式について、株式が上場されるか否か及び会社経営等について小株主及び零細株主(以下「小株主等」という。)の意向はほとんど反映されず、会社の経営内容、業績等の状況が小株主等の有する株式の価額に反映されないこと等から、小株主等が株式を所有する実益を配当金の取得にあると認め、特例として認められた簡便な評価方式にすぎない。

ところで、平成五年六月二九日における亡十太郎の本件株式の一株当たりの引受価格一万七一一五円は、本件会社の同年五月末現在における資産、負債に基づき純資産価額方式に基づいて計算した金額であり、また、亡十太郎が死亡した日の翌日である同年一一月二五日に行われた別件発行における一株当たりの引受価格は、本件会社の同年一〇月末現在における資産、負債に基づき純資産価額方式に基づいて計算した金額である一万七二二三円であったことからすれば、本件相続開始日における本件株式の価額は、別件発行における引受価格である一万七二二三円である。

(2) 亡十太郎が本件株式を取得したのは、以下に述べるように、経済的合理性のない不自然な取引によってであり、本件株式を配当還元方式で評価することによって相続税を軽減することを意図したものであると認められるところ、このような場合に評価通達を形式的に適用すると、そのような方法をとらなかった者との間で実質的な平等を欠く。

<1> 杉山はシティバンクを亡十太郎に紹介し、亡十太郎らがシティバンクに差し入れた念書<証拠略>及び合意書<証拠略>に署名し、亡十太郎が紹介料として約八三〇〇万円を日本スリーエスに支払い、亡十太郎のために本件会社がシティバンクに対して有する二四億三〇〇〇万円の定期預金に質権を設定している等、亡十太郎のシティバンクからの融資に関して杉山が深く関与していることは明らかであること。

<2> 亡十太郎は本件株式を取得するに際し日本スリーエスに約八三〇〇万円もの紹介料を支払っているが、期間を二年間とし、返済資金の大部分を本件株式の売却益によるとして融資を受けた本件借入金の利息として、亡十太郎が支払った金員の合計額は約二億六〇〇〇万円にものぼり、他方この間に本件会社から受領した本件株式に係る配当金はその約三パーセントである約八二〇万円にすぎないことからして、亡十太郎が本件株式を取得する経済的利益は、相続税の軽減を図ること以外にないこと。

<3> 原告稔、原告幸枝及び原告勲の三名は、亡十太郎のシティバンクに対する約二七億円もの多額の債務について連帯保証しており、右三名も本件株式の引き受けに強い利害関係を有していたと解されること。

<4> 本件株式を配当還元方式で評価し本件借入金等を相続債務として控除した場合の相続税額は約三億円であるのに対し、亡十太郎が本件株式を取得しなかった場合の相続税額は約二一億円となり、約一七億円もの差が生じること。

(原告ら)

取引相場のない株式については、不特定多数の者の間の自由な取引によって成立する時価(客観的時価)は存在しないから、通達による評価額と客観的時価との乖離が著しいということはあり得ない。したがって、取引相場のない株式については、評価通達に定められた評価方式を形式的に適用すると実質的な租税負担の公平を著しく害するという「特別な事情」を認める前提が欠けているから、本件株式の評価に当たっては評価通達に従って、配当還元方式により評価すべきである。

仮に本件株式について、配当還元方式による評価が認められない場合でも、本件会社は、評価通達一八九(一)に規定する株式保有特定会社に該当するから、評価通達一八九―二に従って株式の価額を計算するべきであり、その場合に、別紙(一)<略>記載の本件会社の平成五年一〇月三一日現在の資産(詳細は別紙(二)<略>記載のとおり。)、負債及び資本に基づいて算出される本件株式の一株当たりの価額は、別紙(三)<略>記載のとおり四八五二円である(なお、同価額に基づき原告らの課税価格、納付すべき税額を算出した過程は別紙(四)<略>のとおりである。)。

2  本件株式を時価評価するに際して評価通達六によらなかったことの適否

(原告ら)

評価通達六は、財産を評価通達の定めによらないで時価で評価するための要件として、「評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産」という実質的要件と、「国税庁長官の指示を受け」るという手続的要件とを定めている。仮に、本件株式が、評価通達の定めにより評価することが著しく不適当と認められる財産であるとしても、本件各処分は、右手続的要件を満たさずにされた点で、評価通達六に反し、通達によって確保しようとした行政作用の統一、国民間の平等、行政作用に関する国民の予測可能性などの法益を害するものである。

第四争点に関する判断

一  本件株式の価額を評価通達を適用しないで評価することの適否

1  相続により取得した財産の価額は、特別の定めがあるものを除き、当該財産の取得の時における時価により評価されるが(法二二条)、右「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的な交換価値、すなわち、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格をいうと解すべきである。

もっとも、すべての財産の客観的な交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではないから、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地に立って、合理性を有する評価方法により画一的に相続財産を評価することも、当該評価による価額が法二二条に規定する時価を超えない限り、適法ということができる。その反面、いったん画一的に適用すべき評価方法を定めた場合には、納税者間の公平及び納税者の信頼保護の見地から、評価通達に定める方法が合理性を有する場合には、評価通達によらないことが正当として是認され得るような特別な事情がある場合を除き、評価通達に基づき評価することが相当である。

しかしながら、評価通達に定められた評価方法によるべきとする趣旨が右のようなものであることからすれば、評価通達に定められた評価方式を形式的に適用するとかえって実質的な租税負担の公平を著しく害するなど、右評価方式によらないことが正当と是認されるような特別の事情がある場合には、他の合理的な方式により評価することが許されると解される。

2  本件株式のように取引相場のない株式にあっては、そもそも自由な取引市場に投入されておらず、自由な取引を前提とする客観的価格を直接把握することが困難であるから、当該株式が化体する純資産価額、同種の株式の価額あるいは当該株式を保有することによって得ることができる経済的利益等の価額形成要素を勘案して、当該株式を処分した場合に実現されることが確実と見込まれる金額、すなわち、仮に自由な取引市場があった場合に実現されるであろう価額を合理的方法により算出すべきものということになる。

そして、いわゆる同族会社においては、株式が上場されるか否か及び会社経営等について同族株主以外の株主の意向はほとんど反映されないこと、会社の経営内容、業績等の状況が同族株主以外の株主の有する株式の価額に反映されないこと等からすれば、これらの株主が株式を所有する実益は、配当金の取得にあるということができる。そうすると、評価通達が、同族株主以外の株主が保有する取引相場のない株式の価額を、配当還元方式により評価することとしたことは合理性を有するということができる。

3  右に説示したとおり、取引相場のない株式の法二二条に規定する時価は、当該株式を処分した場合に実現されることが確実と見込まれる金額ということができるところ、本件株式については、同族株主以外の株主がその売却を希望する場合には、純資産価額による価額での買取りが保障されており、現に、本件相続開始の日の翌日においては、かかる価額が実現されていたのであるから、本件相続開始日(平成五年一一月二四日)において、本件株式を処分した場合に実現されることが確実と見込まれる金額は、同年前月末現在における本件株式につき純資産価額方式により計算された金額である別件発行における引受価格と同額の一株当たり一万七二二三円であると認められ、本件株式の時価も同額と認めることができる。

4  ところで、評価通達が、同族株主以外の株主の有する取引相場のない株式の評価に際して配当還元方式を採用しているのは、通常、少数株主が株式を保有する経済的実益は主として配当金の取得にあることを考慮したものであるところ、本件株式については、同族株主以外の株主がその売却を希望する場合には、時価による価額の実現が保障されており、本件株式に対する配当の額と比較して本件株式を売却する場合に保障される売却代金(時価)が著しく高額であることからすると、本件株式を保有する経済的実益は、配当金の取得にあるのではなく、将来純資産価額相当額の売却金を取得する点に主眼があると認められる。そうすると、同族株主以外の株主の保有する株式の評価について配当還元方式を採用する評価通達の趣旨は、本件株式には当てはまらないというべきである。

また、本件株式を配当還元方式で評価し本件借入金等を相続債務として控除した場合の相続税額は約三億円となるのに対し、本件株式が取得されなかった場合の相続税額は約二一億円となり、約一七億円もの税額差が生じることからすれば、形式的に評価通達を適用することによって、かえって実質的な公平を著しく欠く結果になると認められる。

また、前記争いのない事実等及び<証拠略>によれば、亡十太郎は、本件株式の評価を評価通達に従い配当還元方式で行うことによって、相続税の軽減を図るために本件株式を取得したものと認められるところ、右のように租税負担の実質的な公平を著しく害してまで、相続税回避という意図を保護すべき理由はない。

以上によれば、本件株式を評価通達を適用しないで評価した点において本件各処分に違法はない。

5  この点、原告らは、本件株式につき、配当還元方式によることが適当でない場合でも、本件会社は評価通達にいう株式保有特定会社であることから、評価通達の株式保有特定会社の株式の評価方法による評価をすべきであると主張する。

原告らの右主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、仮に、評価通達に従えば本件株式を株式保有特定会社の株式の評価方法により評価すべきであるとして、本件各処分の評価通達違反をいうものであるとすれば、評価通達は、同族株主以外の株主については、その会社の規模にかかわらず、配当還元方式によることとし(評価通達一七八)、原則的評価方法によったときの評価がより低額となる場合に原則的評価方法によるとするところ(評価通達一八八―二)、株式保有特定会社の株式の評価方法を原則的方法に準ずると解したところで、原告らの主張によっても、株式保有特定会社の株式の評価方法によって評価した本件株式の価額は配当還元方式により算出された価額より高額だというのであるから、株式保有特定会社の株式の評価方法によって本件株式を評価すべき理由はなく、また、評価通達は、配当還元方式をとり得ない場合に、各会社の規模に応じた評価方式を採用するとはしていないから、原告らの右主張は失当というべきである。また、仮に右主張の趣旨が、右の評価方法によって得られた本件株式の価額が時価であるという主張であるとすれば、右の評価方法は通常の取引相場のない株式保有特定会社の株式を控えめに評価する方法として合理性を有するものであるとしても、本件株式は、株主が希望した時に一定の価格で買い取ることが日本スリーエスグループによって保障されており、仮に取引相場が形成された場合には、当該買取りが保障されている価格が取引価格となることが明らかであるから、本件株式について、右評価による評価額が時価であるという原告らの主張は失当というべきである。

二  評価通達六について

原告らは、本件各処分は、財産を評価通達の定めによらないで時価で評価するためには国税庁長官の指示を受けるべきことを定める評価通達六に違反すると主張する。

右の原告らの主張の趣旨が、評価通達六の規定に従わなかったこと自体をもって平等原則違反を主張するものであるとすれば、評価通達六の規定は、その規定の仕方からして、国民と行政機関の関係について平等原則の観点から行政機関の権限の行使を制限する目的で定められた規定でなく、行政組織内部における機関相互の指示、監督に関して定めた規定であることは明らかであって、評価通達六に違反することから直ちに国民の権利、利益に影響が生じるものではないから、原告らの右主張は、自己の利害に直接関係のない主張というべきである。また、評価通達六に行政作用の統一、行政作用に関する国民の予測可能性の確保という目的があることを考慮しても、右の理が変わるものではない。

三  本件相続開始日における本件株式の時価

そして、前記説示のとおり、本件株式の時価は別件発行における引受価格と同額の一万七二二三円と同額であると認めることができるから、本件株式を一株当たり一万七二二三円と評価した点において本件各処分に違法はない。

四  したがって、前記第二、三、4記載の根拠でされた本件各処分は適法というべきである。

第五結論

以上のとおり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないので、棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富越和厚 團藤丈士 水谷里枝子)

別表及び別紙<略>

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